それは、完全に偶然だった。
ルイス・ヴォネガは久しぶりの休日にも関わらず、確認しなくてはいけない資料を思い出し朝から職場にやってきている。部下たちには「上がちゃんと休んでくれないと自分たちが休みづらい」とブーブー言われたが、苦笑しながら「すぐに帰るから」という言い訳と謝罪を唱え許してもらった。そう、すぐに帰るのだ。何せ今日は予定がある。
確認するべきことをしっかり確認し、ルイスは書類を戻し腰を上げた。時計を見れば予定より少し早い位置に針がある。
「じゃあ私は帰るけど、何かあったら今日は」
「『古本市にいるから』、ですよね。承知してますよ。行ってらっしゃいませ」
薄手の上着を着直しながら声をかけると、部下が言葉尻を攫ってきた。楽しんできてください、と笑顔で見送ってくれる彼に笑顔を返し、ルイスは自身の執務室から出る。
時計をちらりと確認し、まだ時間に余裕があることを確認した。これなら予定通りに辿り着けそうだ、と自然のその頬は緩む。
今日のルイスの予定、それは先程部下の青年が言った通り、古本市に行くことだ。古本市自体はそう珍しいものではないのだが、今回の古本市は国内全土から集めに集めた本類を並べる大古本市。五日間に渡って開催される、その一日目だ。午前十時から会場として貸し切られた大広場が開かれることになっている。
現在は午前九時少し前。移動にはおよそ二十分ほどかかる。それでも時間は大分あるように思えるが、来る途中すでに古本市に向かう人々の姿を見ていた。きっとこれでも遅いくらいだろう。
今日はどんな作品に出会えるだろうか。グリント、アダムス、シリトー、プラチェット。気になっているのに読めていない本はまだまだ山ほどにある。
(エリオットさんのお兄さんのおかげでグリントは結構読めたけど、いつまでも甘えて借りるばかりというのも良くないよな)
それはルイスが王都へ出向に行った時のこと。本を探して訪れた古書店で偶然セザリス・エリオットと会った際、互いの趣味が似ていることが発覚した。その流れで自宅に招待され、作家・グリントのまだ読んでいなかった作品を読ませてもらったのだ。その後も出向期間中あれもこれもとその蔵書を勧められ、気が付けば知り合ってからかつてないほどに顔を合わせることになっていた。出向が明ける際には、餞別に、とルイスが気に入ったと話した本を新しく買って渡してくれるほどだ。
なおその話を戻ってからいつものメンツにした際には実弟のロドリグにもかつての部下だったレオン・ベルモンドにも意味の違う苦い顔をされている。ロドリグには素直にフォローを入れたが、レオンには意趣返しを込め余裕の笑顔を返したために喧嘩になったのは別の話だ。
予定通りのバスに乗り込めば、いつもよりも多くの人が詰め込まれていた。聞き耳を立てずとも聞こえてくる話し声からすると、同じ目的の面々もそれなりにいそうだ。行く先の人出を考えると少しばかり気後れするが、それだけ同じように本を愛する者たちがいると思うとやはりどこか心が躍ってしまう。
やがてバスが目的地付近に辿り着いた。予想通り同じ目的地を目指していた者たちと流されるようにバスから降りれば、会場からやや距離があるこの場所でも本好きたちが期待を込めてひしめき合っている。開場待ちの列はすでに長蛇で、真っ直ぐではなく何度か折り返して並ぶようになっているようだった。
これは凄い。圧倒されながらルイスも他の者たちに合わせて列に並ぶ。会場となる広場は広いので、この位置にいても開場からしばらくしたら中には入れるはずだ。それはまでの持ってきた本でも読んで時間を潰そう。そう考えて鞄を漁った、その時だ。
「――ルイス君?」
ようやく聞き慣れてきた声が、隣――ルイスよりだいぶ前の列、折り返して隣に来ている列から聞こえてくる。えっ、と驚いてそちらに視線をやると、同じく本を読んでいたらしい男性――先程思い出していたセザリスが同じく驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「エリオット少将!?」
思わず大声を出してしまい、すぐに後悔する。周囲に並ぶ面々の視線が一斉に集まったのだ。うるさかった、びっくりした、というのもあるが、その視線の中に「少将? え? 軍人さん?」という類のものも交じっているのが聞こえてきた声から察せられる。軍事国家なのでその辺りに将兵がいたところでおかしくはないのだが、目立たない、ということではない。
ルイスは慌てて口を手で押さえて頭を下げた。軽く苦笑する様子を見せてから、セザリスは構わないというように小さく手を挙げる。
「今日は目立つな。役職はやめておこう。お互いにオフだろう」
「はっ、はい。失礼しましたセザリスさん」
詫びを入れ言い直すと、セザリスは驚いたように軽く目を見開いた。何故、と恐々とするルイスだが、すぐに理由を察する。脳内を埋めるのはただひとつ。「またやってしまった」だ。
「……度々、失礼しました、エリオットさん」
顔見知り以上には親しくなったつもりではある。けれど、役職呼びからいきなり名前呼びは流石に失礼が過ぎた。以前、かつての上司にも同じことをしてしまったことがあるのだが、今回はさらにこの「エリオットさん」という呼びかけ方を彼の弟であり普段一緒にいるロドリグにしているので、自然に名前呼びにしてしまったのだ。
後悔から青くなっているルイスに、しかしセザリスは「いや」と首を振る。
「構わない。そういえば君はいつもロドリグと一緒にいるし、あれのことを苗字で呼んでいたな。混乱してしまうようなら名前でも構わない。私も君のことは名前で呼んでいるしな」
だから大丈夫、と落ち着かせるように改めて言われ、ルイスはあからさまにほっとした様子を見せた。かつてエリザベス・ナディカの下で巡洋艦ミネルヴァで勤務していた頃に彼と相対していた時は随分と厳しく怖い人物だと思っていたのだが、ここ数年ちらほらと会う時にはそう感じることはほとんどない。時が経ったからなのか元々こうだがエリザベスとの相性が究極的に悪かったのは不明だが、最近はむしろ優しい人物だと思えるようになっている。先日本の趣味が合うということが判明したから、というのも大きいだろう。
「今日はこのためにこちらに?」
セザリスは普段この第二都市カルディアではなく王都タリスで勤務しており、生活も当然そちらだ。今日この日この場に本好きの彼がいる理由は、おのずと察せられた。それでも会話の種にと蒔いてみれば、余程楽しみなのかセザリスは随分と優しい笑みを浮かべて肯定してくる。
「ああ。同僚から話を聞いてチラシを貰ってな。王国全土からの出品ときたら来ずにはいられなかったのでね。溜まっていた休みを消化させてもらった」
「僕もです。丁度休みを取れとも言われていたのでいい機会だと。事前に配られていた小冊子ご覧になりました? 滅多に本屋で見かけない著者の本もあるようなんですよ」
「小冊子? ああ、残念だがそれは見ていないな。出品の詳細が?」
「全部ではないですが、結構な数が載っています。あ、僕貰った奴持ってますのでよかったら」
鞄を漁って裏表紙が半分折れてしまっている冊子を差し出した。なお折れている理由は目の前の少将殿を尊敬してやまない陸軍の帯剣武官が落としたせいなのだが、軍人の情けでそれは言わないでおく。
セザリスは自分が持っていた本を鞄にしまってから差し出された冊子を礼と共に受け取り、一ページ目からぱらりぱらりとめくり始めた。冊子は厚さ5ミリほどで、中身は作者ごと・作品ごとの索引になっている。最初のページに「配布に間に合わせるため以下の日付までに登録されたもののみの掲載になります」という注意書きが書かれているが、それでも中々な数が並んでいた。どこのエリアに並ぶか、という情報も書かれているので、買いに行くための目安に十分なりえるだろう。
これはもっと早くに目を通したかった。悔やんでいると、少しだけ列が進み始める。周りに遅れないようにと無意識に足を動かしたセザリスは、しかしすぐにハッとして顔を上げ後ろを振り返った。
折り返して並んでいるので、同じく前に進んだ結果、ルイスとの距離は先ほどより空いてしまっている。視線に気付いたルイスがセザリスを向くが、「どうぞ」と笑顔で手を差し出された。
セザリスの視線が冊子とルイスとを何度も往復する。それに視線を向けたまま、ルイスは笑顔を絶やさない。強がりでも遠慮でもなく、彼に渡していいと思っているのは真実だ。惜しくないと言えばそれはそれで嘘なのだが、ルイスはすでに一度目を通しているし、「ここは絶対行きたい」という所は別の紙に書いてある。ここであの冊子を手放してもそこまで大きな影響はなかった。
ややあって、セザリスの中で何やら結論が出たらしい。うん、とひとつ頷くと――躊躇なく列を区切っている腰の高さの紐をくぐるべくしゃがみこむ。
「セザッ、せっ、ならっ!」
あまりの事態に驚きすぎて言葉が言葉にならなかった。セザリスさん折角並んだのに、という旨を伝えたかったのだが、困惑している間にセザリスはあっという間に柵を越えてしまう。周囲の面々は聞こう・見ようとせずとも認識出来てしまう状況だったためか、セザリスが「失礼」と言いながら横を通るのを少し身を寄せて受け入れていた。一方、セザリスがいた場所付近の者たちは詰めていいのか図るため、動かず彼の動向を目で追っている。
最初は奇行を責める険が一部混じっていたようだが、軍内屈指と謳われる美形に数えられる男はやはり違うようだ。むしろ集まる視線は見とれるそれに変わっていた。……一部は妬ましさが混じっているようだが。
そんな衆人環視を気にも留めずに、セザリスは早々にルイスの隣にたどり着く。
「すまない、持って行ってしまった。……ルイス君顔が赤いが、風邪か?」
「……大変申し上げにくいんですが、僕はこんなに視線に晒される機会がないので恥ずかしいんです……」
勘弁してください、と消え入りそうな声で涙目になるルイスに、セザリスは眉を寄せて申し訳なさそうな顔をした。
「そうか……すまない、迷ったんだが、やはり褒められた行動ではなかったな」
ちらりとセザリスは視線を自分がやってきた方向へと向ける。自分がいた所、通ってきた所が空いたままになっており、視線が集まっていることにこの時ようやく気が付いた。悪目立ちをしてしまった、とすぐさま反省する。なお視線が集まり続けるのはやはりその容姿が一番の理由なのだが、当人ばかりは気が付かない。
「また戻るのも目立つか……重ねて申し訳ないんだが、ここにいていいだろうか?」
問われ、同じくセザリスの後方に視線をやったルイスは「そうですね」と頷いた。
「二度も移動するといい加減スタッフさんに怒られそうですし、開場までご一緒させてください」
すまない、ともう一度謝り、セザリスは自分がいた場所を空けてくれていた元後ろの相手に手で前に詰めてもいいとジェスチャーを送る。その人物が軽く頷き一人分前に進むと、間もなくセザリスが普通に入れるスペースが開いた。後ろに軽く頭を下げてからセザリスはそこに収まる。彼らとしては、前にいたセザリスが後ろに来ただけで自分の順番が変わったわけでもないため、特に文句もないようだ。視線は自然と散っていった。
改めて、今度こそ正しく隣に来たルイスとセザリスは、やってしまったとばかりに互いに苦笑を交わし合う。
いくらか会話を交わしてから、ルイスは持ってきた本を、セザリスは件の小冊子を読むべく視線を手元に落とした。しばらくの間互いの間に会話はなかったが、セザリスが最後に一ページをめくり終わったところでルイスも顔を上げる。
「何か気になる本ありましたか?」
「ああ。まさかバーリーの作品が出てるとは……ルイス君、リック・バーリーは知っているか?」
そこから始まり、ルイスとセザリスは小冊子を挟んでこの作家はこの作品はと熱を入れて語り合った。この本が面白い、この作家は文章が上手い。語る言葉は尽きず、よく知らない作家の名前を挙げれば周囲から同じように熱の入った者が割り込んでくる。その内に周囲数組ほどが揃って顔を突き合わせ推し作家の話をし始めていた。
やがて入場する頃には、ルイスとセザリス、周囲の面々との間に謎の友情が芽生えることになる。「健闘を祈る」「いい戦果を」。戦場でもないのにこんなセリフを聞く日が来るとは思いもしなかった。――いや。ここは、ある意味正しく戦場か。
時間が経つのは早い。両腕の袋いっぱいに本を詰めたルイスは満足げな息を吐きだす。
時刻は十五時過ぎ。まだまだ見て回りたいところだが、これ以上は宅配を使わなくてはいけなくなるのでやめておくことにした。それに、夢中になりすぎて昼食も取り損ねていたので、思い出してしまえばいい加減空腹も限界だ。
どこか店に入るか、稼ぎ時と見てその辺りの大量に出ている出店で済ますか。悩んで辺りを見回していると、不意に視界に朝見たばかりの背中が入ってくる。ルイス以上に本が詰め込まれた紙袋を地面に置き、顎に手を当てて何やら考え込んでいるようだった。
「セザリスさん、またお会いしましたね」
近付きながら声をかけると、セザリスは顔を上げて微笑みかけてくる。
「奇遇だな。――君も随分買ったな」
「ええ、思わず買う手が止まらなくて。今からお帰りですか?」
「そのつもりなんだが、昼食を取り損なっていてね。どこかで食事でもしていこうかと思っている。その前に、とりあえず車に本を持っていこうとしてるんだが――」
じぃと視線が地面――に置かれた紙袋に注がれた。彼も食いはぐれ仲間だ、と親近感を抱いていたルイスは引かれるようにその視線を追いかける。見れば、紙袋の持ち手部分をつなぎとめている部分が千切れかかっていた。
「ああ……破けちゃったんですね」
「年甲斐もなくはしゃぎすぎてしまった……。車に戻れば問題ないんだが、そこに至るまでが――」
なるほど、だから悩んでいる様子だったのか。納得したルイスは、「それなら」と明るく声をかける。
「キャスターズに声をかけては?」
キャスターズ? 初めて聞く単語にセザリスの双眸は疑問を映した。ルイスは「ええと……」と何かを探すように視線をあちこちにさまよわせる。ややあって、目的のものを見つけたようで、「あれです」ととある方向を指さした。
セザリスがその指に導かれるまま顔をそちらに向けると、十代未満から十代後半ほどの少年少女たちの集団が目に入る。彼らの近くには「荷運びします」「重量制」「格安価格」などの文字が書かれた横長の布看板や木の立て看板が立てられていた。
「あれは?」
「キャスターボーイ、キャスターガールと呼ばれる子たちです。名前の通り荷運びをするのが仕事で、こういう大きいイベントとか観光客相手に商売しているんですよ。あそこにいるのは子供たちばかりですが、大人がメインのキャスター集団もいます。団体ごとに商売の許可は取っているはずですが、たまに無許可でやっている人たちとか詐欺集団もいますので利用する際は気を付けてください」
あそこは名前がよく知られている団体の子たちなので大丈夫ですよ、と付け足せば、セザリスは感心したようにルイスとキャスターたちを順に見やる。
「よく知っているな、と驚くべきか、あの年でもう働いているのか、と驚くべきか」
セザリスは真面目な顔をした。その理由は少年少女にありそうだ、とルイスは少年少女に投げかけられる視線から予測する。庶民の、しかも貧困層に当たる家庭の子供がこの年代から働くことは珍しいことではない。家のため家族のため自分のため。働く理由はそれぞれだ。軽く話を聞くばかりだが、エリオット家も家名の上質さに反し資金面では厳しいところがあるそうだから、もしかしたら、通じるものを感じているのかもしれない。
「――うむ。彼らに頼むとするか」
はっきりと宣言され、ルイスは笑顔で返事をして、ひとまず受付まで持っていくのを手伝おうとした。すると、それより早くに小さな手がひょいとセザリスの持ち手のつなぎが千切れた紙袋を抱えるように持ち上げる。見れば、十代半ばの少年がにっこりと笑顔を浮かべていた。
「毎度あり。あそこまでならサービスで運びますよお兄さん」
どうやら近くで聞きつけていたらしいキャスターボーイのようだ。セザリスとルイスは商魂逞しい少年に思わずといった調子で笑みをこぼす。
少年に導かれるまま受付に行き、セザリスの車が停めてある所まで、ということで四人の少年少女が荷運びに当たった。四人も来たのは、セザリスの袋二つを三つに分けたのと、ルイスの袋一つの分だ。稼がせてやろう、ということでルイスもついでにお願いしたのである。道すがら話を聞くに、彼らの給料は基本給を除いては歩合制らしい。だから短い距離でもいいからどんどん頼んで欲しい、とのことだったので、頼んだのは間違ってなかったなと一人納得した。なお、分けてもなお重かった荷物に一番小さい少年が苦戦したのを見てセザリスがこっそり手伝ったのはその場にいた者たちだけの内緒の話である。
車について、それぞれが運んでくれた少年少女にチップとして小銭を分け与えたところで、元気な子供たちは次の仕事のために早々に人ごみに姿を消した。
「可愛かったですね」
「ふっ、そうだな」
人懐っこい子供たちにすっかりほんわかしてしまった軍人二人である。
「あ。すみません僕の本まで車に積ませちゃって」
ゴールが車だったのと連れ立って歩いていたので、子供たちは躊躇なくルイスの本もセザリスの車の後部座席に積み込んでいた。すぐにルイスが取り出そうとするのを、セザリスが留める。
「いや、そのままで。ついでにそちらも載せておくといい。どこかで食事をとろう。君も腹が減っているだろう?」
「えっ、……え、僕そんなにお腹空かせてるの顔に出てます?」
確かに空腹であるが、何故ばれたのだろう。ロドリグにもすぐばれるのだが、エリオット家の特殊能力だろうか。問われたセザリスは何と言ったものか、という顔をするが、結局視線をそらしどこか申し訳なさげに答えを口にした。
「……先ほど、腹の音が……」
紳士の心遣いが痛い。
ルイスは自由な片手で顔を覆い隠す。恥ずかしい。ただただ恥ずかしい。腹が鳴った自覚はあった。ここに来るまでの間、それなりに大きく、確かに鳴っている。ただ偶然にも近くで大声で笑い出した集団がいたのでかき消されたのだ。ばれていないと思っていたのに――。
「……すみません……お聞き苦しいものを……」
「いや、そんなに気にすることでは。生理現象だ。それより、何か希望はあるか?」
「いえ特には……セザリスさんに合わせます」
と言った直後、ルイスはハッとした。あまり高い所に連れて行かれても金銭的な問題があるし、奢ってもらうとなるとそれはそれで精神的に落ち着かない。慌てて何かしらの訂正をしようとするが、セザリスが「それなら」と言う方が早かった。終わった、と思ったのはその一瞬だけ。すぐにルイスの表情は意外そうなそれに代わる。それはそうだろう。何せ
「その辺りに出ている出店の商品を食べてみたいのだが」
と少ない表情の中にあからさまにわくわくした様子を見せているのだから。
「……出店、ですか? 確かに美味しそうな物が多いですけど――」
エリオット家の嫡男で陸軍少将でロドリグの兄である彼に果たして合う味なのだろうか。疑問を抱くが、セザリスは気付かずに期待を浮かべている。
「学生時代に友人たちに連れられて食べた時以来でな。実はずっと気になっていたんだが、普段は立場上立ち寄るのが憚られるし、プライベートでもわざわざ出店が出るような場所にひとりで行く機会はそうなかったのだ」
いいだろうか、と視線で問われ、ルイスは一瞬の間を置き、盛大と言える勢いで噴き出してしまった。驚いたセザリスにルイスは体を震わせながら謝る。
「すみませ……っ、はは、セザリスさんがそんなに屋台気にしてたなんて意外で。でも学生時代以来じゃ気になりますよね。ええ、はい。行きましょう。僕でよろしければお供します」
そんなに意外だったか、と心外そうに、しかし浮かれていたことを自覚したのかどこか恥ずかし気にセザリスは咳払いをした。
「さすがに地面に直座りは出来ないからな。食べる場所はこの車を提供しよう」
「光栄です。では、お礼に何かの代金を代わりに出させていただきますね」
以前世話になった分も含め「全部」と言いたいところだが、立場と性格上素直に受け入れてくれないのは察せられる。何か、と言っておけばその程度は受けてくれるだろう、という予想は当たった。セザリスは「頼もう」と穏やかに笑みを浮かべる。
さて、何を食べよう。楽し気に語り合いながら、ルイスとセザリスは立ち並ぶ出店に向かって歩き出した。まだまだ、楽しい時間は終わらない。