クリスマスソングを聴きながら

前編 / 後編 / おまけ

おまけ・1

 時間遅れでロダー家に着いたルイスとエリザベスは、迎えてくれた金髪碧眼のメイド――ミリーに招かれ会場となっている部屋に足を踏み入れ、そのあまりの状態に絶句した。
 
 おそらくマリアンヌ手製と思われるドレス等々を身につけた一同が上着をはがれ髪を乱したレオンを取り囲んでおり、辺りはめちゃくちゃになっている。ちなみに今は、普段の彼女では着ないようなドレスをまとったジュリアとレオンが縄と鞘に納まったままの剣を絡ませ膠着(こうちゃく)状態になっていた。

「……どういう状況だこれは」

 マリアンヌ主催ということなのでかなり大騒ぎになっているとは思っていたがここまでとは予想もしていなかったエリザベスが呆れを口にすると、質問と取ったミリーが手早く解説を始める。

「皆様ゲームをなさっていて、ビリの方はお嬢様作の衣装をまとっていただくということになっておりました。しかしベルモンドさんが負けたにもかかわらずあのようにご抵抗なされて今に至ります」

 やれやれと呆れた様子を見せるミリーにルイスは乾いた笑いをこぼした。かの陸軍中佐殿はマリアンヌの被害に会う機会が全くと言っていいほどないので抵抗もまたひどい。対マリアンヌ講座をしっかり受けて置けばよかったのに。迷う余地なくそう考えている自分がすっかり負け犬側に立っていることに本人は気付いていない。

「ナディカさん、ヴォネガさん」

 戦闘区域を眺めていると、脇から無事な姿のロドリグが声をかけてくる。

「エリオットか。久しぶりだな。……お前は無事か。珍しいな」

「お久しぶりです。……真剣に勝ってきましたので。ちょっと待っててくださいね。――みなさん、ナディカさんとヴォネガさんが着ましたよ。一旦やめてください」

 口元に手を手エリオットが大きな声で呼びかけると、騒然とした空気が一瞬でぴたりとやみ、いくつもの視線がその二人に向けられた。

 最初に反応を示したのはマリアンヌで、彼女は表情を輝かせると一目散に駆け出しエリザベスに抱きつく。
 
「リズさぁぁん! やっと来たやっと来た! もぅ遅いよぉ。こんな日ぐらい仕事休めばいいのに。肌ボロボロじゃん。あーっ、あたしの服じゃない!! 着る時間もなかったの? じゃあちょっと来てっ!!」

 息もつかせぬスーパーハイテンションモード(+酒)のマリアンヌは返事も聞かずにエリザベスの腕を引き部屋を飛び出した。またも部屋中がシンとする。

「あ、と。すみませんミリーさん。とっさで手が出なくて」

 脳がようやく状況を理解したルイスがまず行ったのはミリーへの謝罪だった。実は今マリアンヌが飛びついた時エリザベスは体勢を崩し倒れかけたのだ。しかしルイスもロドリグも反射的には手が出ず、代わりに支えたのがミリーだった。彼女のおかげで二人は倒れずに済んだ。

 謝罪を言い渡されると、ミリーはにっこりと鮮やかに微笑んだ。

「お気遣いなく。この程度(・・・・)なんてことありませんので」

 ホホホと軽やかに笑うミリーの台詞を謙遜と受け取ったルイスと嫌味と受け取ったロドリグの表情は160度ほど違っている。こんな時は彼女(・・)の素顔を知らないルイスが羨ましく思えた。

「さてと、お嬢様たちがいらっしゃる前に少し片付けておきましょうか。皆様はこちらで一息お入れになってくださいまし」

 ミリーが両手を数度叩き合わせると、どこに控えていたのかメイドが何人か部屋に入って来ててきぱきと乱闘の名残を消していく。その間ようやく一息ついた一同はミリーに促されるままに唯一無事な窓側のスペースでワインやジュースに口をつけた。先ほどまでロドリグがいた所だ。

「来られてよかったですねルイスさん。はいワイン」

「ありがとうございますトマス君。……ところで君その格好――」

 差し出されたワインを受け取ったルイスは平然と女装しているトマスに呆れと尊敬の入り混じった眼差しを向ける。

 「バツゲームっす。ちなみに3着目です」

 ビッと3本の指を立てた右手を突き出してくるトマスはあっけらかんと笑っていて悲壮感のかけらもない。これはもう生来の性格の差という他ないとルイスは改めて実感した。こんなに開き直るのことは自分には出来ない。

「おいこら」

 受け取ったワインに口をつけようとすると、突然背後から肩を組まれ――否、腕で首を締め上げられる。今回のメンバーの中、こんな粗野な真似をするのは一人しかいない。

「もっと早く来やがれこの野郎! こういうのはテメェの役目だろうがっっ」

「そっ、そんな役目ごめんですよ! っていうか苦しいですから離してくださいっ」

 犯人は言わずもがなレオンだ。ようやくマリアンヌの魔の手から逃れたものの相当なストレスがたまったらしくその手に加減は足りていない。彼にこうも力を込められてはどうもがいても逃れられないうえに痛いし苦しい。漂ってくる酒の匂いに軽く酔っていることもすぐに知れた。

 言っても聞かない酔っ払い相手にいっそ蹴ってやろうかと物騒な決意が固まりだしたその時、予想外の救世主が現れる。

「必殺身代わりの術~」

「へ」
 
「ほえ?」

 気の抜けた声がしたかと思うとルイスの視界が急に変わった。それまで束縛を受けていたレオンの腕は外れ、目の前にはジュリアが立っている。

 一体何が起こったのか。恐る恐る振り向くと、同じくぽかんとしているレオンと目が合った。そして、その腕の中に自分の代わりに収まっている人物を目に映す。それはレオンと同じ髪と目の色をしたひとりの少女――。

「ふ、ふええええっ!?」

 ようやく自分がどこにいるのか理解した少女―――リーナは、間近に見る最愛の兄の顔とかなり久しぶり(幼年期以来)に抱きしめられた腕の温かさに見る見るうちに顔を赤くして悲鳴とも歓声ともつかない声を上げる。同時にオーバーヒートしたのかふらりと後ろによろけた。

「うおっ!? しっかりしろこら! リー? おーいっ」

 よろけた時点でレオンがしっかり抱きとめたものの、リーナはすっかりのぼせ上がってしまっている。しかし表情は至福そのもので、耳を澄ませば「兄上がこんなに近くに、兄上がこんなに近くに……」と呟いているのが聞こえてきた。

「あはは~、妹君にはちょっと刺激が強すぎたかなぁ」

 そんなベルモンド兄妹の様を見て、この騒ぎの原因とも呼べる主はけらけらとお気楽に笑っている。酒を飲んでいるせいかいつもよりも声のトーンが高い。

「キャ、キャロルさん。助かりましたけど今何を……?」

 我が身に起こったことのはずなのに何があったかまるで分からなかった。答えを期待するが、対するロベッタはひどくあっさりこう言った。

「え? 入れ替えただけだよ」

 何を当然なことをと言うように簡単に言い捨てる彼に、ルイスはそれ以上問うのをやめる。この人は昔からこういう人だ。多分明確な説明は期待出来ないだろう。

「それにしても、君とリズが一緒にいる所は久しぶりに見たなぁ」

 やけに嬉しそうに笑うロベッタ。決して責められているわけではないが、ほんの少しだけ気まずくなった。

 ルイスがこうしてエリゼベスと顔を合わせ、言葉を交わすのは本当に久しぶりだ。艦を離れ、こちらで再会を果たしてからもしばらくやりとりがなかった。それというのも全ては、再会する以前までの記憶の最後にあったのが、彼女が軍を辞めるとひとりで決めていたことを知った頃の喧嘩のようなやり取りであったからかもしれない。笑顔をかわしたのはそれより前で、退役が実際のものになる頃には喧嘩のようなやり取りさえなくなっていた。彼女が退役の日など顔すら合わせなかった。そのくせ、その後半年はずっと落ち込んでしまっていた。

 馬鹿馬鹿しいと、今の自分ならあの時より冷静にそう思える。今でも納得出来てはいないけど、あの時のように、子供のように怒り任せに拗ねることはしなくなった。もしかしたらそれは彼女の元を離れ、それまでとは違う世界を見るようになったからかもしれない。

だからきっと、あの場所で彼女を待ちたいと思った。来ないかもしれないと思いながら、それでも彼女を待ちたくなった。

「――やっぱり、君たちには並んでいて欲しいなぁ」

 彼らしくないどこか寂しげな笑顔でぼそりとロベッタが口にした呟きは軽く昔日にひたっているルイスには届いていない。その代わりにその呟きが聞こえていたジュリアは一瞬だけ上司に目をやり、何も言わずにその双眸を俯ける。

おまけ・2

「おっまたせー! 参上あたしwithリズさん!!」

 大きく扉を開け放って部屋に飛び入ってきたのはこの家の主殿。後ろに引き連れているのはしっかり化粧から髪のセットまでされドレスを纏ったエリザベス――と、楽器を持った面々と着飾った何人かの男女の使用人たち。

 一体何を始めるつもりだという招待客の疑問に満ちた視線を一身に受けながらもマリアンヌは怖じずに、それどころか堂々と笑って見せる。この人の前に立つことに慣れた肝の据わりっぷりはロダー家の娘だからなのかそれともマリアンヌだからなのか。判別はつかない。

「ようやくみんな揃ったから今からダンスターイム! 楽団OK。エキストラダンスメンバーOK。さ、みんな組んで組んで」
 
 マリアンヌが手を叩き合わせると楽団が部屋の奥に陣取り早速楽曲を奏で始め、集められた使用人たちは男女で組みとなり部屋の中央でダンスを始める。それまで部屋の中央にあったものは部屋の脇の方に寄せられていた。ミリーたちがこのタイミングに片付けに入ったのはこのためでもあったらしい。

 ルイスたちが驚きのままに動くことを忘れていると、エリザベスとこちらにやって来ていたマリアンヌがロドリグとレオンに介抱されているリーナに近付いて来てその傍らに膝をついた。驚かないところを見ると彼女が何故倒れているのかすぐに理解したらしい。付き合いが深いのももちろんあるだろうが、マリアンヌの観察能力にも舌を巻いてしまう。

「リーちゃん、ダンスタイムだよ。レオンさんと踊っておいで」

「おい、何無理言って――」

「さぁ行きましょう兄上! 今すぐに! リーなら大丈夫ですっ。さぁさぁさぁ!!」

「こら落ち着けリー! 分かったから走るなっ。また倒れるだろうが」

 がばっと起き上がったリーナは兄の「無理」という単語を一蹴してレオンの腕を引きダンスの輪に向かって行った。兄と踊るなど、彼女にとっては最後にも近いチャンスだ。これを無駄にして気絶なんてしている場合ではないと気合で復活を遂げて見せた。

 作戦成功にマリアンヌは大きくピースサインを示す。後ろではトマスが拍手をしていた。

「マリアンヌ――あなたはまた無茶を……」

 のぼせていただけとはいえ、看護師が倒れていた者をダンスの輪に飛び込ませることを無茶と言わずにどうしようか。上司の顔になり呆れを浮かべるロドリグに、しかし振り返ったマリアンヌは右手を差し出した。甲を上にしたその手の形が何を求めているのか気付いたロドリグは少し迷ってから肩をすくめて息を吐き出す。元々今回のクリスマスパーティはロドリグの彼女への贖罪(しょくざい)から始まったのだ。断るわけにはいかない。

「――踊っていただけますかマリアンヌ?」

 眉を八の字にしながらも眼差しに優しさを込めた笑顔を浮かべロドリグはそっとマリアンヌの手をとる。マリアンヌは満面の笑みを浮かべてそれに応えた。
 
 マリアンヌとロドリグもダンスの輪に入っていき、残されたのはルイス、ロベッタ、ジュリア、トマス、そして少し離れた所で食事を取っているエリザベスだった。

「ルイスさん、姐さんが食べ終わったら誘ってくださいね。俺はちょっと声かけたら別の所行ってますから」

 そう言い残してトマスはエリザベスの方へ向かって行った。フットワークが軽い彼に、どうして自分が、なんて野暮なことを聞き返す暇すらルイスにはなかった。

 そのまま動くこともままならず2人の様子をそこから眺めていると、トマスに声をかけられてエリザベスが彼を振り仰ぎ、同時に口の中の物を噴出しかける。ギリギリ醜態はさらさなかったものの、エリザベスは激しく咳き込み、それが納まると力強く彼の頭に拳骨を落とした。「アホな格好で出てくるなっ」と怒鳴っているのが聞こえてくる。

「ラザ君ちょっと待っててね」

「構いません」

 隣ではすでに決定事項というようにロベッタがジュリアに誘うことを前提に待機を依頼していた。果たしてジュリアの返答が何に対する「構わない」なのかはルイスには分からなかったが、ロベッタはそれだけ聞くとルイスの肩に手をかける。

「トマス君の言うとおりだよ~。男だったらこの中でひとりでもそんな気にしないけど、リズも女の子だからね。あ、そんな年じゃないか。でも女性のこと女子って言うもんね。ってことでリズがご飯食べ終わったら誘っておいで」

 途中本人が聞いたら問答無用で殴りかかられそうな修正を入れるものだからルイスは思わずエリザベスの方に目を向けてしまった。どうやらばれていないようだが、彼女相手にこんな恐れ知らずで無遠慮なことを言えるのは彼くらいだろう。まったく肝が冷える。

 しかし――、とルイスは頭を切り替えて悩んでしまう。

「――あの艦長が素直に踊りますかね? 絶対嫌いですよ、こういうの」

 パーティに参加しても出されたものを食い漁るだけ食い漁って帰るタイプだと、ルイスは過去に自分の上司――元上司――にそんな判断を下していた。

「あはは、確かにね。じゃあちょっと魔法をかけてくるよ~」

 あっさり認めたかと思うとロベッタは軽やかな足取りでエリザベスの方へ向かって行った。すでにトマスは場所を移していて、離れた所でミリーと何かを話している。

 あの艦長に何を言っても無駄なのではないか。そう思う反面、あの男なら難なくやってのけてしまいそうで、ルイスはひとまず彼女を誘うための心の準備だけをしておくことにした。


「やぁ、久しぶりだね」

 座っているソファーに両手を置き不快にならない程度の距離を開け顔の横に自分のそれを寄せてきたロベッタを一瞥し、エリザベスはまた食事に目を向けた。

「キャロルか。――そこまで久しい気もしないが、久しぶりだな」

 食事の手は止めないが旧友との再会は喜んでいるらしい。中の物を咀嚼(そしゃく)している口元には笑みが浮かんでいる。

「食べ終わったらヴォネガ少佐と踊ったらどうだい?」

「断る」

 一刀両断の返答にロベッタは「何で?」と笑顔のまま問いかけた。

「私はこういうのは嫌いだ。お前も知っているはずだろうが」

「うん知ってるよ。けど好き嫌い関係なくこれから必要になると思うから、学んでおいた方がいいんじゃないかな。社交界って色んな情報が手に入るから、昔からコネを作るのにたくさんの人が利用していたからね。踊れないよりは踊れた方が得だよ?」

 声を潜めてエリザベスにしか聞こえないように囁かれた言葉に、エリザベスは目を見開いてロベッタを振り仰いだ。ロベッタは前を向き食えない笑顔を浮かべたままだったが、エリザベスは声を抑えて彼を睨みつける。

「――何を知っている?」

 返答しだいではどんな手段でもとるとでも脅しているような声音だが、ロベッタの知るエリザベス・ナディカはそんなことをしない。だからロベッタは恐れずに笑顔を彼女に向けた。

「何も? ただ踊れた方が得だよって言いたいだけ。君のためにね」

 それでもエリザベスの双眸はいぶかしみに染まっている。仕方ないことだと、ロベッタはそれ以上に何も言わず笑顔だけを彼女に向け続けた。しばらく無言で睨みと笑顔を交し合ってから、ロベッタの方が先に引く。

「おい」

「ごめんねー、ラザ君を待たせているんだ。また後で話そう。僕たちは友達だからね、いつでも話せるから」

 そういい残して去っていくキャロル。含みのありそうな笑顔と言葉に実際にエリザベスが危惧する含みがあるのかは分からない。昔から食えない男だったから、今でも考えていることを把握するのは難しい。

 けれどどこか安心している。エリザベスの知るロベッタ・キャロルは面白おかしく人をからかうが本気で嫌がることはしないのだ。昔から。……ヴォネガの誘拐については今は思い出さないことにした。

「――――」

 咀嚼を終えたものを飲み落とし、再度口にフォークを運ぶ。頭の中にいつまでもぐるぐる回っているのはロベッタの台詞。納得したくはないが、確かにその通りだと、そう思ってしまう自分がいる。

 思考しながら次から次へと物を口に運んでいくと、気が付けば周りのテーブルの上にから食事は姿を消していた。フォークを置くと、今更満腹感が伝わってくる。集中していない時というのは本当に信じられない量が胃に収まるものだ。

 長い息を吐き出し、エリザベスは深くソファにもたれかかる。楽しそうな音楽が流れる中ダンスホールへと変貌した部屋の中央に目をやると、使用人たちに混じって楽しげにステップを踏む既知(一部初対面)の面々が視界に入ってきた。

 それを、エリザベスはしばらくの間眺め続ける。やがて腹もこなれてきたので旧友の勧めにでも従おうかと起き上がろうと体に力を入れ――ようとしたその時、目の前に手が差し出されていることに気が付いた。

 手を遡ってその主を見上げると、強張った顔をしている元副官が視界に入ってくる。

「か、艦ちょ――じゃない、ナディカさん。その、お、おど、踊っていただけますか?」

 ほどなく倒れてもおかしくないほど緊張した様子の彼に「ちょっと落ち着け」と言いたくなったが、おそらくかなり覚悟してここに来たものと思われたのでやめた。少なくとも彼の前での自分は間違いなくこういうものに参加したがる人間ではなかったことは自覚している。

「――――ああ、相手をしてくれ」

 差し出された手に自らの手を置き、引き上げられるままに立ち上がった。思ったよりもすんなり立てた自分に、エリザベスはようやくルイスが随分たくましくなっていることに気が付いた。自分の副官だったころはあんなにひょろかったのにな、なんて懐かしさを感じてしまい、覚えず笑みが浮かぶ。

「? 何ですか?」

「いや、年月が経ったことを改めて実感しただけだ。ところで私はダンスのステップは知らんからな。しっかりリードしろよ」

 知らないという割に随分尊大な態度の元上官に、しかし慣れた様子でルイスは諦めたように笑って承諾を口にし、彼女とともにダンスの輪に加わった。

 その様子を見て「作戦成功」とほくそ笑んでいるマリアンヌとロベッタに、それぞれのパートナーはそれぞれの表情で「やれやれ」といった反応を見せていたのだが、それを本人たちが知ることは最後までなかった。


 輪から離れていたミリーは新たにダンスの輪に加わった2人を見て「あらあら」と口元に手を当てる。

「ノーランドさんご予想当たりましたわね」

素直に感心を表すと、トマスはにっこりと笑って見せた。

「はい。姐さんのことは誰より分かってますから。ミリーさんがマリアンヌさんのこと一番分かってるのとおんなじですよ」

 自信満々に笑うトマスにミリーも笑顔を返す。その自信が微笑ましかったのもあるが、なにより自分の忠誠をはっきり認め「一番」と言ってくれたのが純粋に嬉しかったのだ。

 その後しばらくの間は互いの主に関する話題で盛り上がっていたが、ややあって話題がつき居心地の悪くない沈黙が落ちた時、ミリーが遠くを見ながらトマスにだけ届くくらいの小さな声で、気になっていたことを口にする。

「――――ナディカさんは、何か大きなことをやろうとしておいでですね」

 単刀直入に指摘され、トマスはぎくりとするが必死に表情を作った。ここから見たら分かりやすすぎるが、ミリーは軽くそちらを向くだけでまた視線を彼からそらす。その横顔はミリーのものではなく、その()の顔に近かった。

 少しの間沈黙したトマスは、しかしすぐに耐え切れずに耳の垂れた犬のような表情をしてミリーを見上げる。

「わ、分かっちゃいます?」

「ええ、分かっちゃいましたわ。――私の()たちも、昔同じような目をしておりましたので」

 村を開放するために手段など気にせずがむしゃらに動いていた時の自分(・・)や仲間たちと、今のエリザベスは同じ目をしていた。初めて会った時――まだミネルヴァに搭乗していた時も野心に満ちた目をしていたが、今はその時以上だ。ミリーが、ミリアルドが、分からないはずがない。

「~~ミリーさん、お願いします! 一生のお願いなんで人には言わないでください!!」

 両手を顔の前で合わせ拝むように頼み込まれ、ミリーは軽く微笑みを刻んだ。

「あら、ご心配なく。必死に頑張っている人を無下に貶める真似は趣味じゃありませんの。――ただし、マリアンヌお嬢様に危機があるならば遠慮はいたしませんので、そのおつもりで」

 それは真実脅しの言葉。ミリーの人生でマリアンヌ以上に大切な者はいない。その彼女に迫る危難のすべてを叩き伏せる覚悟を、ミリーはとうの昔に決めている。

 鋭い者ならあるいはその殺気にも似たミリーの釘刺しに恐怖を覚えるかもしれない。しかしトマスはぱぁっと表情を快晴にさせた。

「はい! ありがとうございますミリーさん!! 絶対マリアンヌさんを危ない目には遭わせませんからね」

 子供のように明るく無邪気な笑顔はミリーの殺気も毒気もきれいさっぱり受け流す。一瞬呆けてしまったミリーは、しかしすぐに優しい笑顔を浮かべた。確信も確約もないが、彼が本気だということだけは信じられる。そしてその本気だけは、信じていいだろう。そう思えてしまう。

「ではこの聖夜に不似合いな会話はここまでにして、今はこの時間を楽しみましょうか」

「そうですね」

 笑顔で締めくくると、ミリーとトマスはその笑顔を人々の輪に向けた。

 その中に満足げな、あるいは必死な主の姿を見つけて、彼らの笑顔はまた深くなる。

 ロダー家の聖なる夜は、まだまだ続く――――。

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