低次元な話題を高次元に喋ってる系

若槻さんとのコラボ祭り!

本編 / 男性陣編 / 女性陣編 / プチパーティ編

初訪問女性陣編・1

「へー、ここって見学した所以外にも色々施設あるんだねー。あっ、服飾室なんてあるの? これ何の部屋?」

 声を弾ませるマリアンヌの手元にあるのは、縦に折りたたまれた跡の残る白地図パンフレットである。宮の内部同様、相当な広さを持つ中庭を抜粋して歩く途中、マリアンヌが「ここの全体像ってどんな感じなの?」と訊いた時にエイラが出してくれたものだ。

 その際、エイラは持っていた地図を出したのではなく、紙にそれを描き出していた。曰く、彼女は魔法絵師(マジックペインター)という職業らしく、描いた物を現実の物として出現させることが出来るそうだ。この頃にはようやく慣れたらしく、エイミーも普通に感心していた。

「そのまんま服直したり貸してもらったりするところだよ。あと、色々お裁縫に使う物とかも売ってるし、時々そこの人たちが個人的に作った服も売られてる」

 手合わせの輪から離れて20分ほどしか経っていないが、テンションが似通っているマリアンヌとエイラはすっかり打ち解けている。マリアンヌの「敬語なんていいのよエイラちゃん、エイラちゃんとあたしの仲じゃない!」というサムズアップに、エイラが「そうだよねマリアンヌさん、あたしたちの仲だもんね!」とサムズアップを返したのは話し始めて5言目ほどだっただろうか。何この二人、とエイミー・ユア・ケイティ・ハーティは呆れ、唯一リーナだけは「仲良しいいなぁ」と好意的に捉えていた。そんなリーナは現在ラプルゥを抱っこして歩いてご満悦である。隣を歩くユアは「楽しそうで良かったよ」と受け入れ顔だ。

「この宮でも金銭概念あるんだ!」

 マリアンヌは素直に衝撃を覚える。この宮に来てからいくつかの施設やモノのやり取りを見てきたが、そのどれもが商売ではなくサービスであった。どうやって成り立っているのだ、と商売人の娘であり自身も個人ブランドを立ち上げているマリアンヌには疑問だったのだが、実は見えない所でやりとりがあったのだろうか。

「基本ないけどね、宮のサービスじゃなくて個人的に売り買いするのはありなんだって。もちろん常識の範囲内だけど。悪いことするとすぐにしぇいさんに見つかってチャーリーさんに怒られちゃうんだ」

 あ、それでも大半はサービスなんだ。やっぱりこの宮の資本源が気になってしまうマリアンヌであったが、さすがにそれは尋ねられないので思考の向きを変える。

「謝さんっていうのはこの宮の管理代行人の人だよね? さっき会った。……チャーリーさんて?」

 誰? と言外に込めて尋ねると、エイラの指先が前を歩くハーティに向いた。

「ハーティちゃんたちのすぐ上のお兄ちゃんで風吹く宮の風紀係。めっちゃ怖い」

 ぶるりと一度震えたエイラは自身の体を抱き締める。ユアとケイティも何か思い出しているのか嫌そうな顔と引きつった笑顔を浮かべていた。

「ただの調子こいたワーカーホリックですよー。強制風紀権なんて持ってるから何でも自分の思い通りになると思ってるだけです」

 振り向いたハーティは今度こそ嫌そうな表情を隠さない。

「強制風紀権ってなーに?」

 その表情にも怖じないマリアンヌが問い返す。もはや彼女は「ハーティ・ミルトンはこういう人物」と認識して受け入れているのかもしれない。

「決めたワードを口にすると相対する相手が動けなくなるようになるものですねー。この宮にはあいつより強い住人が多いですから? そういう卑怯な手を使わないと何にも出来ないんですよ」

 辛辣な物言いと、実の兄に対する剣呑な反応に兄上大好きなリーナは困惑した様子で隣のユアに視線を向けた。気付いたユアは背伸びをしてリーナに耳打ちする。

「(ごめんねリーナちゃん、今ハーティちゃん『はんこーき』なんだよ。特に対家族がひどいひどい。でもお仕事中にお客さんに見せちゃ駄目だよねー?)」

「ユアちゃーん? 聞こえてるんですけどー?」

 笑顔に戻り慇懃無礼な態度も戻ったハーティが声をかけると、ユアは慣れた調子で笑って「ごめーん」と返した。難しい年頃なのだな、とひどい反抗期を経験しなかった客人3人はしみじみと思う。それを許容するのも、そうと分かりながら人とのやり取りが多い仕事に就けるのもどうかとは思うが。

「でー……どうします? 一応一通り見終わりましたけどー、どっか見たいとかあります?」

 雑談をして少し気が緩んだのか、はたまた仕事の完遂が迫ったためか、ハーティの口調がやや緩んだ。問いかけに手を上げたのはやはりマリアンヌだ。

「はいはい、服飾室見たい!」

「あ、そっか。マリアンヌさんもお洋服作ってるんだっけ。じゃあ行こうか。エイミーさんとリーちゃんさんもおっけー?」

 道中の会話の中でマリアンヌの実益を兼ねた趣味について教えてもらっていたことを思い出したエイラが納得を示す。振り返った彼女にOKマークを作った手を向けられ、エイミーとリーナはそれぞれ頷いた。

「ではでは総意ということなので、このまましゅっぱーつ」

「おーっ」

 拳を掲げたエイラが歩き出すと、同じく拳を掲げたマリアンヌがそれに続く。リーナがやはりラプルゥを抱きながら拳を掲げると、隣のユアもほとんど同時に拳を掲げた。

「……私もやった方がいいのかな……?」

 乗るべきか乗らないべきかエイミーが拳を胸の辺りで彷徨わせる。ケイティは「無理しなくていいんじゃないかな」と笑って答えた。

「……これ放置出来ないしなー。あたしも行かなきゃ駄目だよねー。まあ、服飾室ならあたしも好きだしいっか」

 最後になったハーティはひとりごちると前を行く住人と客人たちを追いかける。

初訪問女性陣編・2

 服飾室に着いた途端、マリアンヌは目を輝かせた。想像よりも広い部屋には所狭しと作業台や裁縫道具、各種の生地などの素材が置かれている。壁際には長いハンガーラックが備え付けられ、そこには一目では数え切れないほどの服が提げられていた。ミシンの音をBGMに行き交う老若男女のスタッフたちも皆笑顔で、現場の雰囲気はとても良い。

「ひゃーー、テンション上がっちゃーう! ねぇ中入っていい中見ていい?」

「はいはいちょっと待っててくださいねー。あ、すみませんキャロラインさん呼んでくださーい」

 ハーティが近くを通りかかった女性に声をかけると、女性は返事をして奥へと向かった。ややあって、女性が消えたパーティションの向こうから茶色の長い髪を後頭部でお団子にした女性が現れる。こちらに向かってくるお団子の女性を、客人たちは自然と観察した。

 年の頃は30代半ばから後半ほどだろうか。中央から右側の前髪は右に流され、左側の前髪は三つ編みにしてピンで留められている。リムレスノーフレームの眼鏡の下の双眸は赤茶色をしており、顔には穏やかそうな表情が浮かんでいた。着ている服は上下とも「作業着」と言えるほどシンプルで、腰には作業用ウエストバッグが提げられている。中からはハサミやメジャーなどが覗き見えた。

「いらっしゃいハーティ。エイラちゃんとケイティちゃんとユアちゃんも。……えーと、そちらは新しい子達? それともお客さん?」

 一同の前まで来ると、女性は立ち止まり顔見知りに挨拶を交わす。それから、見慣れぬマリアンヌ・エイミー・リーナに順に視線を向けた。好意的な視線に3人は笑顔を返し、彼女たちの紹介はハーティが行う。

「お客さんでーす。こちらから、マリアンヌ・ロダーさん、エイミー・ウィルソンさん、リーナ・ベルモンドさんです」

「ああ、お客さんの方ね。私はキャロライン・エイデン。この服飾室の室長です。ようこそ風吹く宮へ」

 この宮のお決まりの台詞らしい歓迎の台詞を唱えると、女性ことキャロラインは「それで」と話題を変えた。

「どうしてここに? 他の見学場所なんていくらでもあるでしょうに」

 顎に手を当て言葉通り不思議そうな顔をするキャロライン。その質問に勢い込んで答えたのはマリアンヌだ。

「あたしがリクエストしました! あの、あたしも服作るの好きで、一応個人ブランドも持ってるんです。だからここの服飾室にも凄く興味あって! もうあそこのラバティン・カラーのワンピースとかキャバリア・ブラウスとか目が奪われすぎちゃって落ち着かないです!」

 拳を握って熱気を放つマリアンヌだが、相対するキャロラインは引くこともなくぱぁっと笑顔を咲かせる。それどころか、握られたマリアンヌの拳を両手で包み込んだ。

「そうなの! 服が好きなのね! いいわ、好きに見ていってちょうだい……いいえ、私が案内するわ。ほら、まずはトップスエリアからよ!」

「きゃー、キャロラインさん素敵―!」

 まるで民衆を率いる指導者のような動作でキャロラインが歩き出すと、同じテンションのマリアンヌがそれに続く。さらにその後を、「あたしも行くー」とスケッチブックを構えたエイラがさらに続いた。エイミーとリーナは興味がなかったわけではないのだが、マリアンヌが増えたようなテンションの渦に飛び込む勇気が出ない間に置いて行かれてしまう。客人を放り出すわけにもいかないのと、あのテンションにそもそも飛び込む気がないのでケイティとユアはこの場に残っていた。

「あー、すみませーん。キャロラインさん服大好きすぎちゃって、ちょっと話振っただけでも物凄い勢いで話し出すんですよ。マリアンヌさんはちょっとどころじゃないくらい話合いそうだから抑え効かなかったんですかねー」

 そう謝罪と説明をしてきたのは同じく残っているハーティだ。――ハーティのはずだ。エイミーとリーナは少し驚いた調子で声の主を見やる。視線の先にはやはり声の通りにハーティがいるが、浮かべている表情はこれまでと180度違うものだった。それは、年相応の明るく朗らかで、楽しげなもの。エイミーたちが聞いた声もこの表情によく合うものだった。呆れを口にしつつも、内包されているのは親しみだ、と分かるくらいに。

 キャロラインたちを目で追っていたハーティは、視線を戻してようやく自分に向けられる視線に気付く。驚きをそのまま目と表情に写している客人たちに、ハーティは思わずといった調子で視線を落とした。表情は恥ずかしげなそれへと変わっている。噴き出したのはケイティとユアだ。

「ふふふふ、ハーティちゃんはですね、キャロラインさん大好きなんですよ」

「キャロラインさんって否定しない人だからやりやすいみたいだよ。あとやっぱり服好きだからねー」

「ふたりともうるさいです! いいんですよそんなことは言わなくて」

 からかう色を強くする住人ふたりにハーティがむきになって反論した。ようやく年相応な可愛らしさが見えた彼女を見て、エイミーは眉を八の字にして微笑み、リーナふふふと軽やかな声をこぼす。

「キャロラインさん明るくてお話しやすそうな方でしたもんね。それに、服も、本当に素敵です」

 視線を巡らせてあちこちに飾られている服を見やっていると、住人たちに噛み付いていたハーティが笑顔で振り向いた。

「でしょう? よければこちら来てください。服の貸し出しスペースあるんです」

 さあさあ、と急かすようにハーティが歩き出す。貸し出し、という単語に今はトップスコーナーではしゃいでいるマリアンヌの趣味を思い出すエイミーたちだったが、一般的な範囲ではおしゃれを好む身としては気になる限りだ。ウィンドウショッピングの心持ちで見る分にはいいかもしれない、と素直にその背後に続いた。更に背後からはケイティとユアがついてくる。

 少し歩いた先の壁際にある扉をくぐると、そちらは作業が行われている部屋の5分の1もないほどの大きさだった。とはいえ、服屋然と並んだ服類や男女で分かれている着衣スペース、そして通路があっても煩雑とした様子は見られない。作業場が広すぎるせいで、こちらが狭く感じているだけなのだろう。

「あれ、ハーティちゃんたちだ」

 貸し出し室の先客の女性――少女がはたと気付いて視線をよこしてくる。茶髪の髪を首元で揺らす彼女は背が高く、彼女の言葉でラックの横から顔を出したツインテールの少女との身長差は2、30センチはありそうだった。

 ハーティは背の高い少女が 市村いちむら陽菜乃ひなの、ツインテールの少女が 加賀見かがみ卯月うづきという名であると紹介する。同じく、少女たちにエイミーたちを紹介した。

「はじめて見るなーと思ったら新しい人たちじゃなくてお客さんだったんですね。いらっしゃいませ、ようこそ風吹く宮へ。……こっちにお客さん連れてくるの珍しいね?」

 笑顔で出迎えてから、卯月がこてんと首を傾げる。ケイティがざっくりとここに来る経緯を話すと、卯月はなるほど、と頷いた。

「ここって住民の人たちの世界観に合わせて色々な服あるから、見るだけでも楽しいもんね。ボクたちも衣装の参考によく来るんですよ。あ、ボクとうーちゃん……卯月ちゃんは元の世界では演劇部で」

 演劇、とエイミーとリーナの声が揃う。

「わぁ、役者さんなんですね。私観劇はしますけど、役者の方に直接お会いするの初めてです」

「あ、あ、ごめんなさい。部活なんでそんな感動していただくような役者では……!」

「でも凄いですね。舞台の上で人前で、なんて私にはとても……」

 目を逸らしエイミーは軽く苦い笑顔を浮かべた。アガリ症、まではいかないが、そこまで大胆に行動出来る胆力はない。――あれば良かったのに、と思うようになったのは軍属になってからだろうか。軍属になった当初教官役として出会った「あの人」に、何も言えないまま何年経ってしまっただろう。

 はぁ、と悩ましげに溜め息をつくエイミー。その姿を見て、陽菜乃は何かに気付いた様子を見せた。もしかして、という思いから思わず口に出して尋ねてしまいたくなる。だが、自分が逆の立場ならこんな大勢の前で指摘されたくはない。自分がされて嫌なことは人にしない、子供の頃からの教えに従い陽菜乃は出かけた言葉を飲み込んだ。

「あ、あのお洋服可愛い……」

 ぽそりとリーナが呟く。腕の中のラプルゥが「ラプゥ?」と聞き返すように鳴くと、自分が声に出していたことに気付いたリーナは「あ」と恥ずかしげに口元に手を当てた。バランスが崩れて落とされたラプルゥは、猫にあるまじき両足着地に両手を上へという直立姿勢で見事な着地を遂げる。

「え、どれですか? 良ければ着てみます?」

 どこか浮ついた様子でずいとハーティが近付くと、リーナはおそるおそる、しかしどこか期待した目で該当の服を指差した。

「あそこの、薄黄緑のシフォンスカートが可愛いなぁって」

「いいセンスですねリーナさん! 着てみましょう着てみましょう。あ、トップス何合わせます? リーナさんふわふわ可愛いイメージあるからフリル系合いそーですよねー」

 リーナの背中を押し、道すがらに該当のスカートを手にしたハーティは気合を入れて歩き出す。仕事中とは打って変わった明るさと素直さを見せるハーティに、リーナも最初の戸惑いを忘れたような笑顔になって素直にそれに従った。

「えーと」

 残されたエイミーとケイティ、陽菜乃、卯月は顔を見合わせる。もうひとりと一匹は「女の子が着替えるならユアはこっちで待ってるねー」と早々にベンチの方へと向かっていた。

「とりあえず、見て回ります?」

 ケイティが笑顔で誘いかけると、エイミーはやや疲れた笑顔でそれに応じる。慣れたと思ったけれど、マリアンヌもリーナも慣れたどころではない。その差はエイミーに疲労を感じさせるのに十分すぎるほど効果を出していた。

初訪問女性陣編・3

「あれー? エイミーさん着替えてないんですか?」

 残ってくれた住民たちとほのぼのと話しながら服を見て回って精神の穏やかさを回復していたエイミーに、驚きに微妙な非難の混じる声がかけられる。そちらを向けば、兎の耳のようなカチュームをつけたリーナと言葉通りの少しつまらなそうな顔のハーティが立っていた。

「えーっと。リーちゃん可愛いね!」

 自分が着替えていないことに対して話題がこれ以上発展しないように、そして素直に褒めたかった気持ちを込めて、エイミーは少々大きな声で無理やりリーナに話題を持っていく。

「ありがとうございます、エイミーさん」

 ほくほく笑顔のリーナは「見て見て」と自慢する子供のようにスカートを両手で持って広げた。トップスは白いフリルのキャミソール、その上には濃い青のカーディガンを身に着けている。靴も貸し出し品に含まれているらしく、履いている物がヒールの入ったパンプスになっていた。

「可愛いですよねー。選ぶのめちゃくちゃ楽しかったです」

 隣のハーティも自慢げな笑みを浮かべている。楽しそうでよかった、とエイミーが微笑ましさから口元を緩ませた。しかし、その笑顔は直後引きつることとなる。

「で、エイミーさんは?」

 蒸し返された。

 狙いが逸れて結局こちらに戻ってきてしまう。しかもリーナまでそれに援護射撃を入れてきた。

「エイミーさん、ここのお洋服いっぱいあって楽しいですよ! 次来られるか分かりませんし、せっかくだから着てみませんか?」

 なるほど、限定感のある遠出による高揚と着替えによる高揚でテンションが上がりまくっているらしい。きらきらと星を飛ばすような期待のこもった笑みと眼差しから逃れるように、エイミーは顔の前に自分の手を持ってくる。

「えーと、私は大丈夫だから気にしないで。ほら、マリアンヌが戻ってくれば一緒に楽しんでくれるから」

 えぇー、と二方向から残念がる声が漏れた。片方は雨の日の子犬のような切なさで、もう片方は隠さず不満げに。少し揺れそうになるが、耐えるべくエイミーは内心で気合を入れ直した。実際素敵な服は多いと思うが、出先でお着替えは流石に躊躇してしまう。

「あ、じゃあじゃあ、せめて靴とかどうですか? リーナさんと同じパンプスと」

「無理」

 か、と続くはずだったハーティの言葉は食い気味に放たれたエイミーの断固拒否の言葉にかき消された。一同の視線は自然とエイミーに集まる。これまでずっと穏やかで言葉を選んできたエイミーが、初めて断固とした口振りを見せたことに衝撃が隠せなかった。

 真顔のエイミーを前に、ハーティもここに来て初めて躊躇しながら言葉を放つ。

「……ブーサン」

「やだ」

「サボサンダ」

「いや」

「ショートブー」

「なし」

「ローファー」

「……ヒール低ければ」

 ようやく「否」以外の答えを得られた。それと同時に、一同はエイミーの否定の対象を理解する。

「エイミーさんヒール苦手なんですか?」

 純粋な眼差しで尋ねて来たのは卯月だった。見下ろすほど小さい少女の姿を眩しそうに見つめ、エイミーは涙目で頷く。

「駄目……駄目なのよヒールは。ヒールだけは駄目なの……」

 ぶつぶつと呟くエイミーの様子に、ハーティは訳が分からないといった様子で肩を竦めた。

「わっかんないなー。ヒールってすらっとなって素敵じゃないですか。エイミーさんも似合おうと思いますけど。よろけちゃうとか?」

「……ハーティさんも身長差の恐怖に晒されたら分かるわ……」

 ぽそりとエイミーが答えれば、ハーティは「なんだ」とこともなげに言い放つ。

「好きな人との身長差が~とかそういう系です? じゃあ陽菜乃ちゃんと同じ理由ですね」

「ハーティさん!?」

「ハーティちゃん!?」

 エイミーと陽菜乃が赤面して悲鳴のような声を同時に上げた。内包する思いはそれぞれ複雑だが、共通するのは「大声でかつ人前で何てことを」だ。そんな非難もお構いなしに、ハーティは心底楽しげに話を発展させんとしてくる。

「ちなみに誰なんですか? 一緒に来てる人の内の誰か?」

「いっ、言わない! 言わないからね!」

 胸の前で×を作りエイミーは絶対負けないとばかりに断固拒否の姿勢を示した。えー、と不満げにこぼしてから、ハーティは腕を組み目を瞑ると、何事かを考え出す。そして再度碧眼にエイミーを写すと、名推理を披露するかのような笑顔を浮かべた。

「ルイスさん」

「何で分かるの!?」

 そんなに顔に出していたか、とエイミーは両手で頬を覆って混乱し出す。ルイスさん、に該当する人物を先の模擬戦の会場で見ているケイティは「あの人かー」と内心で思い浮かべた。その一方で、恋心を完全に暴露されたエイミーに同情する。止める手が間に合わなかった自分を是非許して欲しい。

 驚愕と羞恥に染まるエイミーと、同情と好奇心とで色めき立つ面々。その中ハーティはひとりにやにやと余裕の笑みを浮かべた。

「すみませーん、五十音順に適当に言っただけでーす。やだ当たっちゃったー」

 からかう色を前面に出すハーティの面白がる気配から逃れるように、エイミーは「ああああ……」と後悔の声を漏らしつつ顔を隠してしゃがみこむ。その背中をリーナとエイミーが気遣わしげにさすった。

「まあ、あたしにはよく分かりませんけどー、そういうことならペタ靴コーデで行きますかー。可愛いの選ぶんで許してくださーい」

 合わせた両手を頬の横に当てぶりっこのポーズを取るハーティ。浮かべている笑みがこうも面白がっていなければ素直に協力に感謝出来たと言うのに。

 結局この後エイミーはハーティ(と協力することになった住人の面々)によって着替えさせられることになる。

「はーい完成!」

 ふたつに分け三つ編みにしたエイミーの髪を、それぞれさらに輪を作るようにまとめ、細いリボンで留めたところでハーティは弾んだ声を上げた。鏡に映る自分を見つめると、この髪型は少々子供っぽ過ぎやしないかとも思ったが、回りに「可愛い可愛い」と褒められると悪い気はしない。

 立ってください、と促され、エイミーは座らされていた椅子から立ち上がる。鏡に映る自分が身につけているのはうっすらピンクの混じる白のゆったりしたオフショルダー。スカートはレイヤードになっており、上は白いレース、下は黒いレース。どちらにも花柄があしらわれていた。オフショルダーの下には少し太めに編まれた肩紐のキャミソールを着ている。

「うんうん、上出来ですね。さっすがあたし」

 鏡に映るエイミーを、そして実際のエイミーを順番に眺め回してから、ハーティは満足そうに胸を張った。その彼女の後頭部を誰かがこつんと小突く。何、とハーティがそちらを向くと、「見たぞ~」と悪戯な笑みを浮かべているキャロラインが立っていた。

初訪問女性陣編・4

「こーら、お仕事中でしょう? あたしじゃなくて?」

 つんつんと突いて来るキャロラインの指から逃れるように一歩下がってから、ハーティは「私、私」と言い直す。そんなやり取りをするキャロラインの後ろにいたマリアンヌがひょこりと顔を出した。その手には何故かたくさんの袋が抱えられている。マリアンヌは視界にリーナとエイミーを映すや否や向日葵さえも恥じ入るような満面な笑みを浮かべた。

「えーー! みったんもリーちゃんもどうしたの可愛いー! いいなー、あたしも着替えたーい!!」

「いいわよー、何着る? 彼女たちと合わせる?」

 キャロラインが笑顔で応じると、マリアンヌはきらきらした目である一角を指差す。

「それも素敵なんだけどー、どうせならファンタジーな衣装着たいなぁ!」

 指先を辿った先には、これまでエイミーたちが歩き回っていた現代風の衣装がある場所とは毛色の違う服がずらりと並べられていた。彼女の言葉通り、「ファンタジー」な雰囲気の物ばかりである。

「オッケー! このキャロラインさんが直々に選んであげるわ!」

 いらっしゃい、と先ほどの同じ調子でキャロラインとマリアンヌは該当の一角へと向かって行った。自分も、とハーティもそちらに向かう。陽菜乃と卯月は「そろそろ戻るね」とその場を辞し、場にはエイミー、リーナ、ケイティ、エイラが残される。これで一息つけるか、とエイミーがふぅと一息ついた時

「リーナさん、エイミーさん、絵描かせてもらってもいいですか!?」

 勢い込んで尋ねて来たのはスケッチブックとペンを構えたエイラだ。自分を絵にされるなど経験のないエイミーは「えっ」と躊躇し、慣れている(ほどではないが経験がある)リーナは「いいですよ」と答える。その結果、最初に光の入る窓際に連れて行かれたのはリーナだった。

「エイミーさんは次ね!」

 元気よく宣言され、エイミーは引きつりながら「分かった」と答える。それ以外の答えが出てこなかった、とも言う。

「エイミーさん、少し座りましょう?」

 残ったケイティが気を遣うように壁際の椅子を指差した。

「はい、ありがとうございます」

 ケイティはエイミーより――もっと言えばリーナより年下らしいのだが、修道服を着ているので自然と伝い出る言葉が敬語になってしまう。教会の方には敬意を、というのは最早慣習だろう。

 勧められた場所に座ると、二人の間からは自然と言葉が消えた。居心地が悪いわけではないが、何か喋った方がいい気もする。エイミーが脳内で話題を選出していると、ケイティが控えめに声をかけてきた。――衝撃的な単語で。

「あの、エイミーさんは今好きな人がいるん……ですよね?」

「えっ、えと、あの……はい」

 まさかケイティに話を蒸し返されるとは思っておらずつい動揺してしまう。ケイティも年頃なのか、と思っていると、彼女はエイミーと向き合うように体の位置を変えた。すっとその両手が組まれる。

「じゃあ、祈らせてください」

 柔らかな声と共に、穏やかで慈しみ深い眼差しが微笑みの中に生じた。好奇心からの質問だ、と思ってしまったことが恥ずかしくなるくらい真っ直ぐな視線。エイミーの背筋は自然と伸び、その体は彼女と向き合うことを選択する。

 エイミーの顔が正面に向くと、ケイティは目を瞑り組んだ両手に少し頭を寄せた。

「『女神アルファローネの加護よ在れ。あなたの愛に祝福を』」

 祈りの文言と共に、ケイティから光が溢れる。それは風を起こし、エイミーの前髪やまとめられた髪を揺らした。それが収まるより前に光は収束し、エイミーの胸へと吸い込まれる。ぽぅと温まる心を確かめるように、エイミーの両手は自身の胸の上に行きついた。どくん、どくん、と心地よいリズムの鼓動が手の平に伝わる。

「ウチが信仰しているのはアルナイル教の女神アルファローネ様。アルファローネ様は、色々な神格をお持ちですけど、その内のひとつは愛の女神なんですよ。今のは愛の祈りって言って、胸に宿る純粋な想いを勇気付ける祈りです」

 そう言ったケイティは彼女の身に着ける修道服の中で唯一白い胸当て部分に手を当てた。そこには八枚の花弁が金糸で描かれている。不意に道中聞いた話を思い出した。その金糸の花が、彼女の信仰する女神の象徴なのだ、と。

「――ありがとう」

 少し目を潤ませ、エイミーは頬を緩ませる。返された穏やかな笑みに、ケイティも「こちらこそ」と微笑んだ。

「エイミーさーん、リーナさん終わったからこっち来てー!」

 窓際からエイラが手を振って呼びかけてくる。

「えっ、早くない!?」

「あー、あの子絵を描くのは本当に早いんです。戦闘にも関わるから」

 そうか、戦闘が必要な世界に生きる人たちだったな。改めて違う世界なのだなと認識しつつ、エイミーは立ち上がりエイラの元へと向かう。その横を歩きながら、ケイティは気遣わしげな顔をした。

「あの、大丈夫ですか? 嫌なら無理しなくて大丈夫ですからね?」

 先程エイミーが躊躇していたことを覚えていてくれたらしい。エイミーは「大丈夫」と目を細める。

「何だか、今の私ならむしろ描いて欲しくなって来たから」

 この心を包む温かさを感じている、今の自分を。

 我慢しているような表情ではないと判断したのか、ケイティは「そうですね」と頬を緩ませる。



「もー。どこの世界も女の子って買い物と着替え長いねー。ねーラプルゥ」
「ラープゥ」
 すっかり呆れてしまっているユアの頭を、膝に抱えられたラプルゥは丸い手でぽんぽんと撫でるのであった。

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