ロドリグ・エリオットが住居とするエリオット家別邸には、その日数人の友人が昼食に招かれていた。ルイス・ヴォネガ、レオン・ベルモンド、マリアンヌ・ロダー、エイミー・ウィルソン、リーナ・ベルモンド。おなじみの面々に加え、本日はルイス、ロドリグ、マリアンヌの元上司である女性、エリザベス・ナディカ、そして彼女の秘書であるトマス・ノーランドが参加している。
「ごちそう様でした! はー、おなかいっぱいッス。やっぱりロドさんのご飯は美味しいッスね!」
すっかり膨れた腹を撫で、トマスは澄んだ青色の双眸を細めた。
「お粗末様です。ふふ、今日は自信作でしたから、喜んでいただけてよかったです」
満足そうなトマスに本日の料理の作り手であるロドリグはにこにこと表情を緩めている。その様子に、エリザベス・トマス以外の面々はほっとした様子を見せていた。
本日はロドリグが「大量に料理を作りたい」欲に駆られた結果集められたのだが、実はその前提としてロドリグの職場の忙しさがあったのだ 。寒くなってくるに従い街並みも人の心もケガをしやすくなるらしく、ここ数日は特に件数が多かったらしい。誘いかけてきた時のロドリグの据わった目は、基本的に物怖じしないレオンですら後ずさりするほどの狂気っぷりだった。
エリザベスとトマスは偶然こちらに来る予定だったのでマリアンヌが誘い掛けため、件の「エリオットさんご乱心事件」は知らない。
「確かに今日は一段と美味かった気がするな。特に何だ、あのゼラチンに包まれている肉料理。あれは初めて食べるな」
藤色の長い髪を耳にかけ直しながらエリザベスが褒めると、その料理に覚えのある面々は思い出したように笑みを浮かべる。不思議な反応にエリザベスとトマスが首を傾げていると、ロドリグは「すみません」と軽く謝った。
「以前、偶然訪れた場所がありまして。そちらで教えていただいた料理なんですよ」
「楽しかったよねー、んー、また行きたーい」
ロドリグが説明する横でマリアンヌは自身の服の袖に視線をやる。袖を止めている木細工のボタンは、かつて訪れた「その場所」で買った物だ。
マリアンヌの言葉に面々が同調すると、トマスがそわそわとした様子を見せ始める。
「皆さんで行ってきたんですか? どんな所だったんです?」
好奇心を隠そうともしない問いかけに、一同は自然と笑みを浮かべた。
「行ってきたというか、連れて行かれたというか」
「変な所だな。けど、面白い所でもある」
「色々な方がいらっしゃって、色々なことを学ばせていただきました」
「すっごく広いし、多分見せて貰った場所も一部分だったんじゃないかなー」
「常識が通じなくて最初は戸惑ったけど、とってもいい所だったよ」
「優しい住人さんがいて、色んなお洋服がいっぱいあったんですよ。あと、猫ちゃんがすごく可愛かったです」
あれやこれやと説明が重なるたびにトマスは「いいなあ」「俺も行ってみたいッス」と夢を膨らませていく。それとは真逆に、微かに眉をひそめたのはエリザベスだ。彼女はすぐに、彼らが誰一人として明確な地名を口にしていないことに気が付いていた。示し合わせて嘘を言うような者たちではないため、「どこか」へ行ったのは本当なのだろう。しかし、どうやらそれがどこなのかを明示するつもりはないらしい。ならば訊かないでいてやるのがよいのだろう。
「で」
しかし
「お前たちは結局どこに行ってきたんだ?」
こんな面白そうなことに首を突っ込まないでいられるエリザベスではなかった。きらりと光る水色の眼差しはいたずらっ子を
「んー、別に言ってもいいと思うんだけど、信じて貰えるかなー?」
窺うようにマリアンヌが話の通じる面々を見回すと、返ってきたのは「うーん」という悩みの声。嘘だと一笑に付されるだけならいいのだが、集団幻覚だと病院行きを勧められたら笑い話にもならない。
迷う一同をエリザベスは楽しげに眺めていた。本当のことを話すならよし、誤魔化すのならばそれはそれでどう誤魔化すのかが楽しみである 。そんな意地悪な楽しみ方をしていると――。
「っ、ヴォネガ、トマス! 今すぐ立って私の前に横に並べ!」
突如エリザベスが机を叩き椅子を蹴倒して立ち上がった。あまりの剣幕に命じられた二人は即座に言われたままの行動を取り、マリアンヌ とロドリグはエイミー、リーナを立ち上がらせて部屋の隅に寄る。唯一の武官であるレオンは背後の壁に立てかけておいた剣に一足飛びに近 付き鞘に納めたまま構えた。
しんと緊迫した空気が流れる中、廊下からこつこつと隠す気もない軽快な足音が聞こえてくる。やがて音は部屋の前で止まり、直後、ノックもなく両開きの扉が大きく開かれた。
「やあ諸君、元気にしていたかね」
爽やかな声と爽やかな笑顔で登場したのは、ベージュ色のコートを纏ったオレンジ色の髪の青年――パトリック・ジェラルディーン。かつて「あの場所」へ行った時一緒にいた最後のひとりだ。緊迫した雰囲気の中飛び込んできた底抜けに明るい挨拶に、思わず空気が固まって数拍。ようやく事態を認識したトマスが叫び声にも似た声を上げる。
「って、パトさんすか!?」
「おい人騒がせな真似してんじゃ――ご機嫌いかがですか少将!」
感情のまま怒鳴りかけたレオンだが、パトリックの背後から現れた茶色い髪と緑色の目をした青年を見て一気に怒りを氷解させた。色合いこそロドリグに似通っているが、纏う雰囲気がまるで違うこの青年は、ロドリグの兄でありかつてレオンの上司であった陸軍少将、セザリス・ エリオットである。
「ん、ああ。ベルモンドか。他の面々もいるようだが――」
訪れてきた側でありながら、何故かセザリスは疑問を抱く側のようだ。それは何故こんなに部屋の者が緊張状態なのかという点だけではなく、何故この場にわざわざ自分を連れてきたのかも含まれているらしい。その視線はパトリックに向いていた。当のパトリックはその視線に気付かず、何故こんなに緊張していたのかに首を傾げている。
「パトリックさん、兄さんも。どうしました突然?」
落ち着いたロドリグが代表して尋ねると、セザリスは「俺が訊きたい」と顎でパトリックを示した。示されたパトリックは、コートのボタンをいくつか開け、内ポケットに手を伸ばす。そして数秒後、そこから白い封筒を取り出した。
「何、かの宮にいる我が友人から誘いを受けたのでね。皆も共にどうかと思って。いやはや、今日集まってくれていて助かったよ。ひとりひとり誘いに行くのは大変だからね」
ははは、と爽やかにパトリックが笑うと、陰に隠れているエリザベス、壁になっているトマス、突然連れてこられたセザリスは疑問符を飛ばす。 一方で、彼の言葉が理解出来た面々は一瞬言葉をなくし、次の瞬間爆発した。
「えぇーーーっ、ちょっともっと早く言ってよパトリックさん! そしたらもっと色々準備出来たのに! あっ、でも今日女性陣みんなあたしが作った服だ! よしっ、最低限の準備はオッケー」
「半年ぶりの再会か。向こうでどれだけ過ぎているか知らねぇが、今度こそ俺が勝つ!」
「落ち着け落ち着け。大丈夫、一回行った所じゃないか。また彼らに会えると思えば楽しい話だ。移動のことはさておこう、自分」
「またみんなに会えるんだ、楽しみだねリーちゃん」
「はい! あちらの方も何か変わっているんですかね?」
「ああどうしましょう、料理は全部出して――あ、いえ、作りすぎた物が少しだけ残っていましたね。そちらをお持ちして味を見ていただきましょう。ついでにしばらく部屋に誰も近付かないよう伝えてきます」
言下ロドリグは兄の横を通り抜けて廊下を駆け抜けていく。滅多に見ない弟の落ち着かない様子に、セザリスは軽く目を見張ってロドリグが消えた廊下を眺めた。
ややあってロドリグがバスケットと共に戻ってくると、扉は締め切られ、一同はパトリックがテーブルに置いた手紙を半円状に囲んだ。読めない字にトマスが「何て書いてあるんすか?」と訊いた直後、音が空気を揺らす。
『やあ、久しいな
ここにいる誰もの者でもない声に、セザリス、トマス、彼の背後のエリザベスが辺りを見回した。もちろん誰の姿もない。そんなことをしている間に、声はどんどん先に進む。そのたびに手紙の文字が光っていることに、驚いている面々の中で最初に気付いたのはルイスとトマスの間から手紙に目をやったエリザベスだ。どうなっている、とその目は大きく見開かれていた。
『――ということで、管理代行人殿の許可も取れたので、正式に君たちをこちらにお招きしよう。2枚目の紙に召喚の陣を描いて送るので、 それを利用してくれ。使用方法は、まずこの手紙を最後まで読む――いや、聞く。そうすると、最後の音と同時に陣の準備が整う。そうしたら、魔法陣の紙を時計回りに1回転させる。この時点で紙が光るのでばれてはいけない相手の前ではやらぬよう気を付けるのだぞ。陣が光りだしたら、移動したい者に紙に触れさせる。指先でも触れていれば構わんが、手紙を聞いていない者は弾いてしまうからな。連れて来たい者にはちゃんと聞かせてくれ。全員が触れたらこう唱えるのだ。「風吹く宮へ」、と』
それでは君たちの来訪を心よりお待ち申し上げるぞ。その言葉を最後に、姿なき声は消えうせる。しん、とする中、パトリックは手紙の2枚目を上にした。
「ということだ。これでこの場にいる全員が移動の資格を得たことになる。さ、紙を回転させるので、皆手を触れてくれたまえ」
言下パトリックが魔法陣の描かれた紙を指示通りに回すと、声が告げた通りに紙が光り出す。おお、と感心するのは以前これ以上の不思議な体験をしたことのある面々だ。残った面々のうち、セザリスは表情を固めたまま目を見開き、トマスは目と口を大きく開け、エリザベスは軽く目を瞠った。
パトリックから始まり、マリアンヌ、レオン、ロドリグ、リーナ、エイミー、ルイスが手を置き、その合間にエリザベスが手を伸ばすと、釣られるようにトマスも紙に手を置く。残ったセザリスは、「ほら君も」とパトリックに促され慎重に手を伸ばした。
そうして全員の手が紙に置かれると、パトリックはにっと唇を引き延ばす。双眸を輝かせるのは、かつて出会った友との再会に抱く希望。
「いざ、風吹く宮へ!」
合図を機に部屋中に光が溢れ、次の瞬間、部屋から彼らの姿は掻き消えた。
「あ、来た来た」
最初に聞こえてきたのはどこか楽しそうな少女の声。他にもする人の気配に、エリザベスは強い光を避けるように瞑っていた瞼をそっと開ける。顔が下に向いていたので、最初に目に入ったのは白いタイルの床だった。そこから少しずつ顔を上げていくと、正面にいたトマスとルイスの背が視界に映る。彼らはすでに目を開けていたようで、体の向きを右に90度変えているルイスは誰かに頭を下げ、トマスは仰天した顔できょろきょろと辺りを見回していた。エリザベスが元部下に倣って視線の向く先を変えると、そこには見慣れぬ者たちが居並んでいる。
最初に視界に入ったのは、オレンジ色の髪と赤い目、水色のリボンやシャツ、黒に近い灰色のスーツが揃いの青年と少女。表情の少ない青年とにこにこした少女では受ける印象が違うが、似通った容姿をしているので兄妹なのだろう。その背後にはこちら側の誰かに軽く手を振っている金髪に青い目をした少女と、ぺこりと頭を下げた茶色の髪と目をした少年が立っていた。彼らもスーツ姿をしている。さらに脇には何人かの、服装も見た目もばらばら面々が揃っているようだった。
さすがに目をぱちくりさせていると、オレンジ色の髪の青年が胸に手を当て深々と頭を下げる。
「いらっしゃいませ皆様。ようこそ、風吹く宮へ。この度は招きに応じていただきありがとうございました」
丁寧な口調と礼に、トマスが反射のように腰を直角に曲げ「こちらこそありがとうございますっス」と礼を述べた。その脇ではマリアンヌが「おひさしぶりでーす!」と元気よく挨拶をしている。よく見ると、疑問を抱いていた面々以外は皆似たような反応を示していた。
「本日は初来訪の方々もいらっしゃるようなので――」
「よく来た犀利の君よ。さて、固い挨拶は抜きだ。以前話をした面々が集まっているのでこちらへ来たまえ」
何かを話そうとしていたオレンジ髪の青年の前にずいと出たのはやけに豪奢なアクセサリーを纏った青年だ。その声は、かの手紙を読み上げていた謎の声と同じもので、「この男か」と相手を観察しつつも、エリザベスはさっと移動し、嬉々とした様子で彼に近付くパトリックから姿を隠す。
「では私は友人たちと語らってくるので、皆は好きにしてくれ」
振り向き爽やかな笑顔で手を振ると、パトリックは豪奢な青年と開け放したままの扉から先に消えていった。――それを見送り、エリザベスはようやくここが室内であると気付く。
「あ、じゃあマリアンヌさんたちはあたしたちと遊びに行こう! あれから人とか物とか色々増えたからきっと楽しいよ」
手を挙げて主張するのは薄いピンクから濃い赤のグラデーションがかかった髪をしている少女で、その隣には修道服の少女と獣の耳のようなものがついた水色のローブを纏った少女が「おいでおいで」と手招いていた。水色ローブの少女の足元には2足歩行しているぬいぐるみのような猫が同じ動きをしている。呆然としていたセザリスがぎょっとしたのはこの猫に角が生えているからだろう。
「わーい、行く行く! 行こうみったん、リーちゃん。じゃあリズさん、トマちゃん、あたし達も行っちゃうけど、合流したくなったらいつでも宮の人たちに言ってねん」
満面の笑顔で額に揃えた指を当てると、マリアンヌは少女たちの元へと向かって行ってしまう。その後をリーナが追いかけると、彼女は即行で角猫を抱き上げて頬ずりを始めた。
「ちょっ、ちょっとマリアンヌ、初めて来た人たちを置いていくつもり!?」
慌てたのはエイミーだ。もし自分が同じ状況だったら……と考えると気が気でないのか、その表情は引きつりやや青ざめている。反対に「え ー、艦長たちなら大丈夫よ~」と気楽な返事をしてくるマリアンヌ。その反応に絶句したエイミーがちらりとエリザベスとトマスに視線を寄越した。
「あ、あの、多分大丈夫っスよエイミーさん。ここ別に悪い所じゃないっスもんね?」
「それはもちろんだよ。でも――」
心配そうに眉を八の字にするエイミーの肩を、エリザベスはぽんと軽く叩く。
「気にしないでお前もマリアンヌたちと行って来いみったん。合流が必要ならする」
「あのだからエイミー……いえ、はい。わかりました」
あだ名から本名に言い換えようとしてエイミーは諦めて頷いた。
元々マリアンヌからエイミーの話を聞いていたエリザベスは、彼女が「みったん」という呼び方をしているためエイミーのことをその呼び方で覚えている。どこぞの元副官と違い本名ももちろん覚えてはいるのだが、ふざけて呼んでいるうちに慣れてしまったので今は6:4でこうして呼んでいる。はじめの頃はその都度訂正していたエイミーも、(エリザベス基準で)真面目な話をする時はちゃんと「エイミー」と呼んでいるのでそろそろ諦めてきているようだ。あだ名呼びが嫌なわけではないけど違和感はある、とはエイミーがマリアンヌに漏らしマリアンヌがエリザベスに悪気なく伝えてきたことだった。
それじゃあ私も、とエイミーもまた迎えてくれた少女たちに合流すると、きゃあきゃあと賑やかな面々は部屋の外へと消えていく。本当はそれに着いていきたかったのであろう金髪の少女は、先ほどからバスケットを握りしめて高揚気味のロドリグに迫られていた。
「ということで、ぜひお母様にお会いさせていただければと」
「えーーとぉ、まあ昼食の時間も終わってますし? いいとは思いますよー?」
すっかり通路の向こうに消えてしまったマリアンヌたちを残念そうに見送りながらぞんざいに答えているにも関わらず、ロドリグは是の解答に晴れやかな笑みを浮かべる。そのやり取りを横目で見ながら、エリザベスは最初の「来た来た」と言っていた声の主が彼女であると判断した。
「じゃあ私はロドリグさんを食堂に連れて行っちゃいますねー」
くるりと踵を返すと、金髪の少女はすたすたを歩き始め、ロドリグは「お願いします」と弾んだ足取りでその後に続く。彼が残る面々に気を遣わないとは珍しい。よほど浮かれているようだ。そんなことを思っているエリザベスは、彼の兄・セザリスも同様のことを思ってその背を見送っていることに気付いていない。
僅か2、3分の間に賑やかな面々がいなくなると、残ったのは初訪問の3人とルイス、レオンの5人となる。
「――ベルモンド、お前も用があるなら行っていいぞ」
気を遣ったのはセザリスだった。彼はこの場に来る直前、レオンが勝利宣言をしていたことを覚えている。その発言から、彼がこの地に用があるのは明白だった。しかし当のレオンは「いえっ」と力強く否定する。
「俺の用事は後回しにします。今はセザリス少将のお供を――」
「失礼する」
レオンが忠犬――もとい忠臣ぶりを披露するなか、不意に誰かが部屋に入って来た。覚えのある声なのか、レオンが弾かれたように顔を向ける。その他の面々も、遅れて同じ方向に視線を投げた。
「レオン殿がいらしていると聞いたのだが――おお、久しいなレオン殿。息災にしていたか」
溌剌はつらつとした声と共に室内に入ってきたのは、片手に模擬刀を持った黒髪の偉丈夫だった。彼はレオンを見るや歯を見せて朗らかに笑う。レオンの方もこれまでの面々同様迎えてくれた相手に覚えがあるらしく、「おう」と軽く片手を上げて彼に近付く。
「久しぶりだな
自分が手にしていた剣を見せつけるように持ち上げ、レオンはにやりと笑った。
「それは楽しみだ。他の者たちも集まっているぞ」
にやりと笑い返すと、俊応と呼ばれた男性は親指を立てて自身の背後を示す。望むところだ、となりかけ、レオンはギギギと硬い動きで振り返った。視線の先にいるのはもちろんセザリスだ。
少将のお供、いやしかしこの場に来られるのはそうそうない、共に過ごせる折角の機会、そう言うなら強い相手と手合せ出来る折角の機会。
ぐるぐると思考の渦に巻かれ完全にフリーズしているレオンに、その内心を分かっていない俊応は首を傾げ、分かっているセザリスは「別に構わんぞ」と同じ言葉を繰り返す。その言葉がさらにセザリスについて行きたい気持ちを煽っているとも知らず。
唸って頭を抱えるレオンに結論を出させたのは、よく分かっていないまま俊応が口にした一言だった。
「そういえば、今回は早速
思い出したことを口にしたに過ぎないのだろうが、前回手も足も出ず負けてしまった相手と再び戦える。さらに、新しい者たちまで。武官としての欲が、大きく首をもたげた。
「~~っ、セザリス少将!」
「なっ、何だ?」
突然の大声で呼ばれ、セザリスはびくりとしつつ返事をする。その彼に涙目を向けると、レオンは脱兎の如く駆け出した。
「不忠者の俺をお許しくださいぃぃぃぃっっ!」
涙交じりの絶叫と共にレオンが部屋から出ていくと、俊応は「やる気十分だな」と笑いながらその後を追いかける。
室内がしんとすると、それまで黙って状況を見守っていたオレンジ髪の青年が改めて頭を下げた。
「お待たせしてしまいまして申し訳ございませんでした。私わたくしは当宮の 管理代行人・
青年――謝が紹介すると、オレンジ髪の少女・好、茶髪の少年・アランが順に頭を下げる。再び頭を上げると、謝は指先を揃えた手を通路の方へと向けた。
「まずは当宮のご説明をさせていただきますのでこちらへどうぞ。その後、アランより宮の案内をさせていただきます。その後はご自由にしていただいて結構です。どなたかお連れの方と合流したい場合はその通りにいたしますのでお申し付けください。――ところでルイス様」
部屋を出るのかと思われた謝はルイスに呼びかける。まさか声をかけられるとは思っていなかったルイスは少々上擦った声で返事をした。そのことに特に反応を示さず、謝は窺うような視線を彼に向ける。
「この後は初めて宮にいらっしゃる方に向けたご説明になりますし、ご案内するルートも以前と同じものになりますが、よろしいですか?」
繰り返しになるけれど大丈夫か、ということらしい。ルイスは「大丈夫です」と頷き、視線を泳がせた。
「正直、以前こちらに来た時はほとんど頭に入らなかったので、改めて見聞き出来るならそっちの方がありがたいとういか」
常識人であり異常に対する耐性が低いルイスは、初めてこの宮に来た時まさに茫然自失といった様子であったのだ。自身で口にした通り、案内をされた、ということは覚えていても案内の詳細についてはほとんど覚えていない。
「承知いたしました。それでは、ルイス様も含めてご案内させていただきます。では、こちらへ」
納得を示した謝が歩き出すと、好に促されたトマス、セザリスがまず歩き始め、その後をルイスとエリザベスが続く。最後尾にはアランがついた。
「何だ、お前はまた正気を失ってたのか」
からかうようにエリザベスが笑えば、ルイスは恥ずかしそうに「悪かったですね」と目をそらす。
「そういう艦長は随分平然としてるじゃないですか」
トマスはどうやらリーナ辺りと同じ感覚らしく、そろそろ異世界体験が楽しくなってきているのか背中からもわくわくしているのが見て取れた。セザリスは平然として見えるがちょいちょいふらついているのでまだ完全には納得しきれていないのかもしれない。それでも、初訪問時のルイスやエイミーに比べたら相当しっかりしている。さすが兄弟というべきか、ロドリグと同じタイプに見えた。それを口に出来るほど親しくはないので、彼には言えずルイスは心の内だけに印象を納める。
一方で、ルイスが不思議なのはエリザベスだった。今口にした通り、エリザベスはあまり衝撃を受けているように見えない。確かに破天荒な人物だが、ここまで非常識を受け入れるのが早かっただろうか。
そんな疑問を込めた目で見降ろされ、エリザベスは軽く息を吐いて肩をすくめる。
「お前はもう忘れているのか。相当衝撃的だったと思うんだがな」
忘れている、という単語に、ルイスは首を傾げた。何を忘れているというのか。疑問の色がさらに濃くなる元副官から目をそらし、エリザベスは鼻の頭をさすって懐かしそうな顔をする。
「私には、とことん変わった友人が2人いる」